| 早川 |
|
面倒くさそうであってもその愉しみ方を知る必要がある、ということですがそうすると「家」の位置付けはそもそもなんなのか、ということにもなっていきますね。日本の中のローハスな住まいとは、と。
|
| 柏木 |
|
なりますよね。
日本はまず夏場ものすごく暑くて、冬寒くなります。寒暖差がすごく大きい。
最近の家ではかなり多いのですが、軒がほとんど無い。
軒が短いほうがなんだかモダンに見える、ということでやっているのだと思うのですけれど。軒を付けたほうが絶対にいいですね。
軒をつけたときに、夏は窓のところで影が落ちる。完全に日を遮断できる。
日が入ってしまったら、内側で熱を遮断しようとしてももう入ってしまったものはしようがないわけですから。入らないようにする。
逆に冬は大体この辺まで日が入ってくる。そうすると冬あったかいんですよ。それを計算してつくる。こういうことをやっていたのですよ!日本は。
|
| 早川 |
|
どうして今はやっていないんでしょう。
|
| 柏木 |
|
デザインですね。
生活と関わらないデザインは、もうデザインとしてだめなんです。
それから風はあそこにもありますように地窓を床につけている。上下でやると必ず風は抜けるのです。風の通りを良くするにはどうしたらいいか、とかそういう住み心地、使い心地と言っていいと思うのですけれど家も道具ですから使い心地のいいデザインを復活させるべきだと思うんです。
今地窓をつけるような家ってほとんど無いですよ。それは和室じゃなくなったからなんです。和室の場合座ったときに地窓があってちょっと外が見えたりして。
ところが椅子に座ってしまうと地窓なんか関係ないな、と。でも洋間でも別に地窓を付けてもいいですよね。
それから肘掛窓っていうのもそうですけど、畳に座ってひじかけて外を見る、こういうのを肘掛窓っていうのですけど、下のほうについている窓っていうのはとてもいいですね。
|
| 早川 |
|
建築上の知恵のようなものが、つまり日本の気候ならでは、というものが無視されている。
|
| 柏木 |
|
無視されている。
単なる高気密高断熱になってしまっている。
例えば6月の梅雨の時期に霧雨が降っているときなんかは部屋の中が暑い。そんなときに窓をあけると、軒がないと全部入ってきてしまう。確実に入ってきてしまいます。
ですから軒がないのであれば日本では霧よけをつけますけど、それすらも今は付けていないですから。開けるともう霧雨の霧がぶわー…って舞って入ってしまう。
|
| 早川 |
|
縁側みたいなものも日本にはありましたよね。
|
| 柏木 |
|
ええ。
ここにあるのも縁側みたいなものなのですけれど、縁、っていうのは縁結びの縁なんですよね。ここ(室内)と外とを「縁」でつないでいるのですよ縁側、っていうのは。
ですから外とのつながりを気持ちの上でつくる場所として濡れ縁、というのはとてもいいですね。
|
| 早川 |
|
快適なところは取り入れつつも、体に優しく心地いいものを失わない、ということが必要ですね。
|
| 柏木 |
|
必要ですね。
|
| 早川 |
|
軒が無いほうがデザインがいい、って思ってしまったのはなぜなんでしょうかね。
|
| 柏木 |
|
一方的に、伝統的な使い勝手、ということとかかわりのないデザインが定着してしまった、ということだと思うんです。
|
| 早川 |
|
そういうことを知らない、という人たちは思いつきようがないから、住宅の供給側が提案してあげなければいけないということなのですね。
|
| 柏木 |
|
そうですね。そういうのがいいと思うのですけれど、それも多様であるといいと思うんです。住まい全体、生活全体に対して提案していく、エネルギーだけでなく生きて生活していく住空間の中のいろいろな生き方そのものを提案していく、ということをやらないと。
そういう教育活動をやらないとなかなか伝わっていかないと思います。
|
| 早川 |
|
そうですね、そのとおりです。そうありたいと思います。
本日はお忙しい中本当にありがとうございました。
|
| 柏木 |
|
こちらこそどうもありがとうございました。
|